日日 旅日和

2010.01.16

東北、旅スケッチ(前編)

こんにちは。
今日の札幌、最高が零下四度、きーんと冷え込んでいます。
外は地吹雪で息も詰まり、雪もぎゅう、と鳴るよな真冬日です。
こんな日は、と思い立って、家でひさびさに鍋からココア。
おなかがあったかいって、しあわせです。


さて。もう一ヶ月近く経っていますが、
あらためまして、東北旅日記をかるくしたためます。

年末、長いお休みに、思い立って夜行列車に飛び乗りました。
ゆく先は、花巻、遠野をたっぷり、そして盛岡と青森と弘前を少々。
まっすぐ南へ、南へ。夜を縦断して海を渡り、
おんぼろで可愛いはまなす号、駅ごとの
「がちゃこーん」てな轟音に目を覚ましつつ、
うとうととリクライニング席。
その先、朝焼けの岩手山が神々しく輝きます。
P1000225.JPG

わたしにとっての文学との出会いは、宮沢賢治が最初でした。
彼の世界観や、見たことも聞いたこともない多くの言葉は、
わたしに直接とびこんできて、中でチカチカ明滅しました。
ずっと会いたかった人に会えた気がして、ほっとしたわたしは、
とくに彼の詩に、大きな影響をいただくことになります。

その賢治は、遠い昔の人ではありません。
大正から昭和という、激動の時代に、東北のかたすみの岩手、
「イーハトーブ」で、彼は自然と寄り添いながら生きました。
(レコード集めが趣味だったし、俗っぽさもあるんですけどね)

彼の教鞭をとっていた農学校は、いま花巻農業高等学校となり、
賢治の精神を残しているように見受けられるその学校の敷地に、
彼の最期の住まいとなった小さな木造の一軒家は残されています。
高校の玄関をガラリと開けて、笑顔の事務員さんから鍵を借り、
高校生にまぎれてそのドアをあけます。
そうか、ここにいたんだ、賢治さん。
賢治生家にすわる.jpg
「われら光の道をふむ」賢治がつくった校歌の一節が、
あたりまえのように高校の窓に掲げられていました。

宮沢賢治記念館にゆき、賢治の行きつけだった蕎麦屋さんにて
彼のお気に入りだったセットを。サイダーと天ぷら蕎麦。
P1000290.JPG
花巻は交通費がびっくりするほど高い。
のどかに見える街は、元気なおじいちゃんおばあちゃんが
しずかに支えているようでした。

花巻は温泉郷をたっぷりいだく山にそってあります。
湯屋として開いたのが1540年という、歴史ある木造温泉宿へ。
札幌で言うと、市街地から定山渓までの距離くらいなのに、
お店も何もない完全な山奥。ひー。
ついた先は、「鉛温泉 藤三旅館」さん。源泉が5個あり、
旅館部の他に湯治部という、北海道では耳慣れない別館もあります。
ここの郷土料理がなんとも贅沢で丁寧で、美味しかった!
花巻遠野は、川魚と漬け物ときのこが定番のようです。
木造ならではの寒さ(窓が二重じゃない、、、)ともども、満喫。
翌朝は、ぼたん雪がはらはらと舞い、
山奥の風情をいっそう引き立ててくれました。
http://www.namari-onsen.co.jp/ 

長くなってきたので、つづきはまた今度にします。
遠野ー盛岡ー青森ー弘前は、後編にて。




文 山本曜子
17:31 | Comment(0) | 旅日記
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