カラリ晴れ渡り澄んだ空気の涼しいこと。
北の人々はこういう日和に弱い、
私の勤めるお店も、陽のあるうちにたいそうな大入り、
あれよあれよとくるくる立ち働いたあと、
ぼんやりとした頭で大通公園をまっすぐに西へ。
土を踏みたかった。緑を体に入れたかった。
ふわっと、おおきく溢れるような新緑は
陽に透けて、みどりではない、金色。
葉っぱ一枚一枚に、春の、独特な、みなぎるような生命力。
そこをわたる風。やわらかい土。
なにもかもが春。
やがてどんづまりの、西13丁目にあたる資料館のうらっかわへ
ふらふらと迷い込む。
そこはもっとも緑が濃くて、ベンチがずらり半円を描く、
不思議と静かなうすぐらい場所。
でも、知らずにおりました、
大きな藤棚が、そこにあったことは。
煙るごとくのうすむらさき。咲きかけの藤の花。
今年、急いだ桜のあと、すぐライラック、すぐ藤の花。
速度を上げて、春が通り過ぎていく、
そんな景色がとても目について、慌てつつも、また楽しい。
ベンチに座って、木漏れ日の射す景色に身を置く。静かな心。
やがて、モハモハの犬を遊ばせる奥様、
それを見て歓声を上げる若い女の子二名、
医大生らしき男子ふたり、その知り合いらしい女子ふたり、
さそわれるようにあつまり、ベンチはいっぺんに華やぐ。
なのでひとり鼻歌歌いながら、ゆっくりと帰路へ。
気持ちよい春の西日をあびるごとに、
つい、大好きな詩を、思い出す。
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「春の日の夕暮れ」中原中也(抜粋)
トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮れは穏やかです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮れは静かです
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「トタンがセンベイ食べて」が凄い、
「アンダースローされた灰」ってのは
下から青くなっていくような山のことを言うとの説も。
文学って、春の風景にひそんで居る、
「桜の森の満開の下」もしかり、
そう思って風景を眺めるのもまた一興。
おみやげに桜のぼったりした花を。落ち花。椿のよう。

文:山本曜子